生き方を考えるブログ

社会になじめないので旅をしながらなんとか生きてる人のブログです。

メシ食べるために仕事する

最近は仕事をする時間が増えてきました。

 

 

ハウスクリーニングも資料作成もチラシのデザインも骨董品の鑑定もなんでもやりますみたいな勢いで今週は仕事しているんですけど、目の前の仕事を全力で取り組むという原点回帰モードに入っています。

 

 

効率よくお金を稼ぐのであれば正直一つのことに絞ったほうがいいかもしれない。

けれどもそれでお客さんが近くにいなかったらそもそもお金は稼ぐことができない。

 

 

当たり前のようにある仕事も、それは誰かのお膳立てがあって行われているということを忘れてはいけないから目の前の仕事はしっかりと丁寧に取り組みたいなと思いました。

 

好きなことを仕事にするのも大事なことかもしれないけど、できることを仕事にしてたほうがいいかもしれない。できなくてもなんとかしようと思えばなんとかなる。

 

専門性を高めろというのは間違いないのだけれども、その道を極めようと思ったら数年の時間は消費するし、適性がない可能性だってある。

 

 

食いつないで行くためのスキルを獲得して行くのであれば、いろんなことが一通りできたほうが食ってはいけるだろう。時代の変化にも対応できる気がする。

 

 

そもそも仕事をする意義は何かを考えたときに、生きるための社会活動であるということなのだろうと言った感じを最近思うようになった。

 

 

自由を求めるのは勝手であるが、不自由を経験したことがない人が自由云々を語るのも変な話だし、自由という言葉の定義も人によって違うよね。

 

 

2〜3年前の僕は外から見たら完全に自由に暮らしてるように見えていたかもしれないけれど、いろんなところにフラフラいける身体拘束がなかっただけで、裏を返せばどこでも仕事ができる状態。これはこれでしんどい人はしんどいのではないかと思いますよ。

 

 

仕事をする時間が増えたように感じているのですが、実際に拘束されている時間はほとんどないので勉強に充てる時間もかなりあります。勉強したり本読んだりしている時間は仕事なのかといえば仕事のなのかもしれないけれども自分の牙を研ぐ時間って考えるとお金が発生しているであろう時間に自分磨きをできるのだからサラリーマンという生活も悪くないのではないかと思った。

 

 

結局、僕は美味しいご飯が食べれて楽しい仲間がいればそれで十分なのかもしれないねっていうのがここ最近の気づきです。