オオツル式楽しい生活

生き方ソムリエのオオツルが、生き方の選択肢を広げ、考えるきっかけを作るためのブログ

余計なプライドが生活の質を下げる

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東京とビル街はすごいですね。

立派な建物や企業名とは裏腹に

街ゆく人たちの死んでる顔が対照的ですが。

 

 

プライドの塊

 

どうも。プライドの塊です。

でも、ニンゲンである以上自尊心ってある程度あると思うんですよ。

 

 

「ぼくは大したことないですよー」

なんて言ってもやっぱり自分のことが大好きなのでプライドはあります。

 

今だって会社を辞めて、なんとか生き抜いているので自分はよくわからないけど生きてるって誇りを持っています。

 

自分の行動や歩んできた道に対してプライドを持つのは悪くないと思っています。

もちろん、プライドが高すぎて考え方が偏屈になってしまうのは1つのリスクではありますが。

 

 

楽しい人とつまらない人

 

 

いろんな人とお話しする機会があって

あくまで個人の主観でしかないものの

 

この人と話すと面白い

この人の話はつまらない

 

という線引きができた気がしています。

 

 

どんな所で差が出ているのかというと、

その人自身にプライドがあって

その信念に基づいて行動する人の話は面白い。

 

 

やってることに自信を持って取り組んでいるから面白い。前向きだし、未来が見えている。

過去の話もなぜその人が今こうなっているのかが明確になっている。勉強になる。

 

だから自然と人も寄ってくるのだろうし、

話していて時間を忘れてしまう。

 

 

こうなりたいな〜なんて思わせてくれます。

 

 

一方、個人的に超つまらない人の話は

組織に所属していることに対してのプライドを持っている人。

 

有名な企業に勤めてるとか、〇〇で成功した人のコミュニティに入ってるとか。

 

 

くっそどうでも良いよね〜🤑

 

 

すごいのはその組織を作った人で、

別にあなたがすごいわけじゃないでしょ?

自分がすごいと勘違いしているから

傲慢な態度で人の前に現れてくる。

 

 

話しててつまらないからぼくはそういう人が目の前にいると1分でも早く帰りたくなります。

 

 

というか、目の前に向かっているのはその人だからこそ、その人の話を聞きたいわけで。

背景にあるものの凄さを語られてもイマイチピンとこないか、すでに知ってるよ!となってしまいます。

 

 

自分を満たしていこう

 

組織に対してプライドを持ちすぎると  

行動に制限が生まれます。

 

 

確かにぼくも一緒に仕事をする仲間は大好きですし、どんな形であれうまくいきたいです。

 

 

ただ、自分の人生をすべて預けてしまうのはやや危険ではなかろうか。心中する覚悟があるならまた話は別だけど。

 

 

だからこそ、組織に対してプライドを持つよりかは、自分の判断や行動に対してプライドを持っていれば良いのかなと。

 

 

自信を持って決断する為に、自分を信じて自分を満たしていく感じです。

 

 

そうすれば自ずと生活が、楽しくなっていくんじゃないかなーと。

 

 

最近ふと思ったのでメモ代わりに。